204通信

昭和薬科大学附属高等学校2年生の学年通信

第40号「私と、良書と、サイコロトークと」

 

f:id:SHOYAKU-46-H2:20200529172928j:plain

※フリー素材&「ろろ王国@テレビ」よりお借りしました。

 もう何年も前になるが、お昼のバラエティー笑っていいとも!」のすぐ後に、「ごきげんよう」という番組があった。小堺一機の司会でサイコロトークをする、あの番組である。知らない人のために補足すると、大きなサイコロにはそれぞれ「情けない話」「信じられない話」「私のこだわり」などが書かれており、ゲストは自らサイコロを振り、出た面に書かれた内容についてトークする。

 ある日、この番組を見ていた娘が「芸能人ってすごいね。だってどの目が出ても、スラスラ―って話をするでしょ?自分には出来ないなあ」としきりに感心していた。私は逆に娘の言葉に驚いた。同じ話でも角度を変えれば〝面白い話〟にもなるし〝ドキドキした話〟にもなるだろう。どの面が出ても対応できる話を一つ二つ準備しているに違いない。異なる話を6つも事前に用意しておくはずはないと思っていたからだ。結局どちらが正しいのか、最後までわからずじまいであったが、この出来事がなぜか心に残っている。

 

 突然話は変わるが、前にも述べた通り私は多読家ではない。他の国語の先生方と比べても恥ずかしい限りだ。その代わり、同じ本を幾度も読むことにかけては負けないかもしれない。同じ本を読み続けた結果装丁が破れてしまい、同じ本を買い直したことも何度かある。愛読書はそれこそ三桁レベルで読み返す。

 良い本はいろいろなことを教えてくれる。一冊の本から喜びや悲しみ、発見や疑問、感動や懐疑が溢れ出る。同じ本を読んでも、昨日と今日、去年と今年では読みどころが変わる。もちろんそうならない本もあるが、それは私にとって良書ではないのだろう。

 

 きっと、良い本はサイコロトークのようなものだ。本として一つの形を保ってはいるが実は多面で構成されており、幾つもの〝目〟が現れる。サイコロを振る度に新しい面が出てくるように、良書もまた読むたびに新鮮な顔を見せてくれる。一般的なサイコロは六面体だが、本当にすごい本は六面どころか数えきれな面を持つ、超多面体といったところか。まだ出ていない目があるに違いない。その目が現れるときまで、読み続けられることもまた良書の素晴らしさだ。

 そして、願わくば私の文章や話もそうでありたい。一見たわいのなく感じられる話が、聞き手によって、読者によって、異なる響きや景色をもたらすものでありたい。超多面体とまではいかずとも、人や時、場所や状況によって味わいの変わるものであればよい。先ほどのサイコロトークではないが、聞く人によって〝楽しい話〟〝考えさせられる話〟〝心に残る話〟となりうる、豊かな言葉を紡ぐことが私の理想である。

 私というサイコロが多面体であることを、あるいは私という本が良書として何度も読まれることを、表現者として追い求めていこう。これが最近の私の密かな決意だ。

 まだまだ修行は足りないが、これからも精進したいと思う。読者のみなさん、どうか私を育ててください。よろしくお願いします。