204通信

昭和薬科大学附属高等学校2年生の学年通信

第38号「周辺知」

  

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※「チャチャとウッディと僕とのある日の出来事」からお借りしました。

 中心視野・周辺視野という言葉がある。前者は正確にモノを捉えるための視野で、後者は広く世界を把握するための視野。周辺視野は中心視野に比べ色に関する能力は低いが、動きに対しては秀でた力を発揮する・・・。ということらしい。私はあくまで素人なので、詳しくは「中心視野・周辺視野」で検索してほしいが、私がこの言葉を知ったときにとても面白いと感じた。それは、私も以前から「中心知・周辺知」という二つの知があるのではないか、という漠然とした考えを持っていたからである。たぶんどこかで「中心視野・周辺視野」という言葉を聞き覚え、そこから自身の考えに発展させたのかもしれない。

 私なりの分類を許してもらうならば、今、君たちが毎日学校で習っていること、勉強していることは「中心知」に該当する。明確な目標(定期試験の高得点、志望大学合格等)に向かい、最も大切な部分のみを可能な限り効率よく学ぶ。それによって得られる知のことを私は「中心知」と呼びたい。

 一方で、すぐには使わない、そもそもあまり役に立たない、他人からはどうでもよい知識や知恵がある。犬の水の飲み方、女性に嫌われないための会話術、コードバンで作られた財布の堅牢性・・・。興味や関心のない人にとっては無駄な話題。もちろんアイドルオタクやアニメオタクが膨大に保有する知識もこちらに該当する。目的もなく、実利も少ない。

 しかし、これらの知は本当に不要だろうか。懸命な高2生諸君ならもうお分かりだろう。当然これらの知にも大切な役目がある。というよりも、この周辺知の厚みが中心知の価値を左右するといってもいい。

 些細なエピソードで申し訳ないが、私は犬が大好きである。アメリカの人気番組であるカリスマドッグトレーナー・シーザーミランの『犬の気持ち、わかります!』も欠かさず見ていた。どんなに問題のある犬も、シーザーの手にかかると瞬く間に利口な犬に変わるから驚きなのだが、彼の口癖は「犬は今を生きている」だった。犬は人間とは異なり、過去に捕らわれたり未来を思い悩むことはない。だからこそ今を大切にする躾を提唱していた。私はこの番組を何気なく見ていたが、数年後にまったく別な形で生かされることになる。

 身近な人が「うつ」で苦しんでいた時に、担当医から「今を生きましょう」と何度もアドバイスされた。本人は意味を理解しかねていたが、私はシーザーの言葉と同じ教えを感じ取っていた。一緒にビデオを見たり話し合いを重ねることで、本人の理解が少しずつ深またように思う。もしもあのとき、私が何気なく見ていたシーザーの番組がなければ、もっと時間が掛かったかもしれない。

 『犬の気持ち、わかります』はただ好きで見ていただけ。そこで学んだことも、必ずしも明確な目的や使い道があるわけではない。けれど、これら「周辺知」は、思わぬところで役に立ったり、自分を助けてくれることがある。もしかすると話が面白い人、一緒に居て楽しい人は「周辺知」が分厚い人なのだろう。

 ここで話を戻す。

 高2の君たちは「中心知」を求めがちだ。いや「周辺知」を敬遠しがちというべきか。〝無駄だから〟〝効率がわるいから〟〝受験科目にないから〟と言い訳し、簡単に切り捨てる。けれど人生に必要なのは「周辺知」の厚みと広さだ。不要な科目なんて本当はない。どれも大切。「周辺知」を増やすために大切。

 誤解を恐れずに言えば、漫画も音楽も恋愛もたわいないおしゃべりもみんな大切。ぼーっとする時間や、ドキドキする人や、グーッと熱くなるスポーツだって、みんなみんな大切な「周辺知」の材料。勉強は学校の中だけではない。ありとあらゆる場所、時間に潜んでいる。

 中心知・周辺知。できればバランスよく鍛えてほしいと思う。

 おっと、忘れていた。冒頭の写真がシーザー・ミランと愛犬ダディである。

(砂川 亨)