204通信

昭和薬科大学附属高等学校2年生の学年通信

第10号「志村けんから学んだこと」

 

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※ブログ「視・読・聴」(Swayさん)よりお借りしました。

 今日は3月29日に70歳で亡くなられた志村けん さんの月命日。そして「昭和の日」。だから昭和を語るときに欠かせない志村けん さんを、私なりの視点で考えてみたい。(志村さんを尊敬しているが、子どものころから親しみを込めて「志村けん」と呼び捨てにしており、このほうが彼を身近に感じられるので敢えて敬称略のまま話を進める。ご了承願いたい。)

 志村けんは間違いなく子どもたちのスターであった。学校では皆が彼のギャグを真似した。東村山音頭カラスの勝手でしょ、ひげダンス。面白かった。楽しかった。「最初はグー」も彼から教わった。今までの掛け声は瞬く間に駆逐され、〝じゃんけんは『最初はグー』で始めるもの〟と刷り込まれた。志村けん私の少年時代を輝かせた一人である。けれど、志村けんから学んだことはまた別にある。

「志村~ 後ろ!後ろ~!」

 これは志村けん自身のギャグではなく、ドリフターズメンバーのセリフでもない。子どもたちの志村への叫びである。わからない高2生も多いと思うので少し解説したい。

 コント番組の金字塔「8時だョ!全員集合」では、毎回様々な設定がなされる。先生と生徒、お母さんと子供たち、隊長と部下、師匠と弟子・・・。権力者は大概リーダーのいかりや長介が担い、その他を志村けんを含めた4人のメンバーで演ずる。基本は4人が権力者のいかりやをからかい・茶化す構造だが、たまに志村けんの一人芝居があった。例えば、末っ子役の志村けんが家で一人留守番をする設定。あるいは旅人として荒れた旅館に一人で泊まる設定。いずれも志村けんが舞台で一人きり。すると、そこに泥棒や幽霊が目を盗むように現れる。間抜け役の彼は迫り来る〝危険〟に気づかない。観客席の子どもたちは気が気でならない。「志村~危ない!後ろ!後ろに幽霊がいるよ~、振り返って~!」と一生懸命叫ぶ。その声は全国放送で流れ、テレビの前の子どももまたハラハラする・・・という仕組みだ。私もテレビの前で「後ろ~!後ろ~!」と叫ぶ一人だったが、同時にいつも不思議な感覚を覚えた。

 会場の叫び声は、志村けんにも当然届いている。しかし彼は反応しない。あるいは遅れて反応し、結果として子どもたちのアドバイスは無駄に終わる。基本的に〝悲痛な〟叫び声が舞台に入り込む余地はない。同じ時空間を共有しているにもかかわらず、そこには明らかに二つの世界、すなわち「演じられる世界」と「それを傍観する世界」が存在する。そして両界は決して交わることはない。舞台上の志村けんは演者であるがゆえに客の声に反応しないことは、子どもたちも薄々気づいている。それでも叫んでしまう可笑しさや、反応しない志村けんへの切ない感情とは何だったのだろう。

 きっと私はあのときに、舞台演劇に存在するこの二つの空間、互いを決して浸食しない異空間が隣り合わせることの不思議さを味わっていたのかもしれない。

 世阿弥風姿花伝』や平田オリザ氏の評論を読み解き〝演者と観客〟〝舞台と観客席〟の近くて遠い不思議な関係性を学ぶのは大学まで待たなくてはならないが、演劇論と出会った喜びの原点は「志村~ 後ろ!後ろ~!」にあったのだなあと、とても感動したことを今でも忘れない。

 志村けんが私に教えてくれたもの。

 それは演劇の構造であり、異界の創出であり、どこまでも飛翔しうる人間の自由な精神の存在であった。あのときテレビに向かって懸命に「後ろ~後ろ~」と叫ぶ自身を思い出し、志村けんが本当に〝次の舞台〟の演者になってしまったことの悲しみが湧き起こる。

 ありがとうございました。安らかに眠ってください。

 (砂川 亨)